[NNA寄稿記事】ベトナムのリスクを知る⑴ ベトナムの風水害リスクとBCP
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アジア防災センターによれば、ベトナムの災害被害額の9割超は台風と洪水によるものが占め、風水害は同国で最も重大な自然災害といえる。本稿では例年深刻な風水害被害が生じている10~11月の台風のピーク時期を前に、同国における風水害リスクの状況と日系企業に求められる対策について解説する。
ベトナムでは、毎年6月~12月にかけて前半は北部に、後半は中部に向かう進路をとりながら年間5~7個の台風が接近・上陸する。中部はインドシナ半島で熱帯低気圧が最も襲来しすいエリア(右図)であり、国立水文気象予報センタ(NCHMF)による台風リスク分析でも、中部沿岸域のゲアン省~トゥアティエン フエ省のエリアは、①台風勢力が最大 ②降水量1日あたり1000ミリ超 ③高潮が4.2m~5m超と、厳しい想定になっている。それに次ぐ台風リスクを有するのは、クアンニン省~タインホア省(北部沿岸域)、ダナン市~ビンディン省(中部沿岸域)とされる。
また、北部の紅河、南部のメコン川流域には低地が広がって氾濫しやすい地形の上、同国では排水設備や高潮を防ぐ防波堤の整備が途上であることもあり、全国的に洪水が生じやすいと指摘されている。近年は毎年、台風の上陸・接近とともに各地で洪水が発生している。中でも2020年の中部洪水は過去100年で同国最悪の災害となった。なお、山あいでは土砂災害も頻発する。(表挿入)
このような風水害に見舞われて、実際に1m以上の深さで浸水し、設備、製品・原材料、車両の水濡れといった重大な被害が出た企業も多い。また、最悪の場合は従業員・来客が死傷したりといった人的被害、ライフライン停止・事業所の汚損・従業員の出勤不能による営業停止まで、幅広い影響を被るおそれもある。(表挿入)
■企業としての備え
風水害への対策は、浸水等の発生を可能な限り防止し、万が一浸水した場合も影響を極小化しながら業務を継続するという考え方で取り組むべきである。
浸水防止では、自拠点の浸水深の分析から始めるべきである。ベトナムでは一般に政府等のハザードマップを入手できないため、国際機関等のハザード情報や地形、過去の降水量、浸水実績等から、想定される浸水深を決定する。沿岸部では高潮、急傾斜地では土砂災害にも留意する。
その上で、想定浸水深で泥水が押し寄せた場合にも、止水壁や止水板等により浸水させない、浸水したとしても重要設備はかさ上げして冠水させない等のハード対策を導入する。また、洪水時には感電が問題となるため、漏電遮断装置の導入、固定・耐風化等の強風対策、避雷針・雷サージ保護等の落雷対策も検討されたい。
ソフト対策としては、事業継続計画(BCP)が求められる。浸水時には、従業員の出勤不能や設備・システムの利用不能、ライフラインの途絶等で、業務実施が困難になる。この場合にどの業務を優先して再開すべきかを、利益や顧客との関係悪化など、事業停止時の影響を考慮して経営判断しておくのがBCPの要点である。また、その優先業務を浸水時にどうやって実施するのか具体的な方針とともに整理する。重要なサプライヤやベンダについてもBCPを協議しておくのが望ましい。
風水害は、地震等に比べて予兆があるため、気象情報を収集し、危機が到達する前に被害低減や事業継続のための直前対策をとることができる。特に、水害は止水壁に破損が1ヶ所でもあれば浸水してしまうことからハード対策の点検・補修が極めて重要である。また、氾濫や暴風により危険が迫る場合に営業・操業を早期終了して従業員を避難させたり、浸水防止や電力遮断の措置を実施したりする緊急対応は、あらかじめ計画化し、訓練を実施しないと速やかに対応できない。
次の表は台風接近時にとるべき行動である。自社の実態に合わせ具体的な計画として整理した上で、襲来ピーク前に実践されたい。(表挿入)
<筆者紹介>
・東京海上ベトナム
1996年、外資系保険会社として初めてベトナム現地法人を設立。ベトナムで1,100社を超える日系企業様を中心に保険・サービスを提供。
過去の発信情報やジャパンデスクの詳細は、次のURLをご確認ください。(執筆:タイ国東京海上火災保険 シニアリスクコンサルタント 城野崇)
時期 | 主な被害地域 | 概要 |
2022年9~10月 | タインホア省、ゲアン省、ハティン省、イエンバイ省、トゥアティエン・フエ省、ダナン市、ダナン市、クアンナム省、クアンガイ省 | 台風「ノルー」「ソンカー」の接近により、洪水や高潮が発生し、死亡計19人、負傷者計110人、浸水被害計8万9000軒、倒壊185軒などの被害が出た。 |
2021年9~10月 | クアンビン省、クアンガイ省、クアンナム省、トゥアティエン・フエ省、クアントリ省、コントゥム省、ザライ省 | 台風「コンソン」や熱帯低気圧による大雨で、少なくとも死者計3人、浸水被害計1万6000軒超などの被害が出た。 |
2020年 10~11月 | ゲアン省、ハティン省、クアンビン省、クアントリ省、トゥアティエン・フエ省、ダナン市、クアンナム省、クアンガイ省、クアンチャン省 | 7週のうちに台風「モラヴェ」などの嵐9個が相次ぎ襲来し、洪水・土砂崩れ等により死者計291人、行方不明者計66人、負傷者876人、浸水被害51万1000軒などの被害が出た。 |
2019年 8~10月 | クアンビン省、ゲアン省、ハティン省、クアンガイ省、ビンディン省、フーイエン省、ザライ省、トゥアティエン・フエ省、キエンザン省、ラムドン省、ダクラク省、ダクノン省 | 台風「ポードル」「マトモ」の襲来や豪雨により、死者計20人、行方不明者計2人、負傷者19人、浸水被害計1~2万軒などの被害が出た。 |
ベトナム企業における浸水被害事例 |
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台風接近時の直前対策 | |
対応計画の確認 | 緊急対応計画やBCPの内容の周知、再確認 |
防災資機材 | 土のうや止水板、発電機、通信機器、水・食料等の資機材を点検し、使用準備をする。 |
施設・設備 | - 屋根・窓・シャッター等に劣化・破損がないか点検・補修する。必要に応じ、密閉する。 - 排水管・排水溝・排水ポンプ等の排水力に問題ないか、点検・清掃・補修する。 - 室外機など屋外の飛散しやすいものの固定や倒木対策が問題ないか点検・補強する。 |
水濡れ対策 | - 建物の開口部や地下部を止水板などで閉鎖する。 - 想定浸水深より低い場所の可搬設備・製品・原材料・車両等を濡れない場所に移動する。 |
避難・電源遮断 | できるだけ早期に勤務縮小、避難を判断・指示する。電源を遮断する。 |
復旧要領の確認 | 浸水後の清掃・消毒・さび止め処理等の要領の確認。電源は安全確認終了まで絶対に入れない。 |